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遅刻じゃあああ


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もう4月はんぶんまできました
はっや!






あかん、
遅刻した!!


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早よいかんと、

舟遅っそ!

やばい2時間遅刻や、、、

ま、、ええか、、

もう帰ったかもしれんな、ていうか待ってないわな

あ、、見えてきた
待ってはるわ、やばいわ



「遅いぞ、武蔵。 臆したか」(イライラ)


(やばい、怒ってはるわ、ええいめんどくさい誤魔化そ)

「小次郎、敗れたり。 勝つ者が何ゆえに鞘を捨てるか」

(我ながら無理くせぇwww)



そんな妄想をしながら、ボートで向かいます。

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唐戸から舟で10分、近いです。
もともと三菱重工の私有地で、
最近、下関市に部分的に譲渡されたそうだ
なので、島は私有地の部分もあるのでその旨忘れてはいけない
観光船がじゃかすか定期ででているので、
ちょっとの時間があれば、行って帰ってこれます。
なんなら、下関唐戸から巌流島経由で門司港まで移動できる
往復900円
下関唐戸、巌流島、門司港の3ルートのどれでも
1日乗り放題チケ1000円もあり、
行ったり来たりもできるので
近所なら1日乗り倒す、というのもありかと
渡りのピーク時に来てみたいわ。
壇ノ浦からはすこし距離あるが、目視距離
リーズナブルに平氏水軍雰囲気を味わうのにおすすめです。


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巌流島
正式名称は船島
周囲1600mの無人島
結構大きいというか
小さい頃に読んだ絵本のイメージで
100坪ぐらいの島に思いがち(勝手な思い込み)だったが
実際はそんなに小さい島ではない


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島には決闘の像もある

でまあ、武蔵と小次郎
なんでモメたのか、ていうか決闘したんか?
小倉碑文に
”岩流云 以真剣高請決雌雄”
と書いているので、小次郎から申し込んだというのが定説やろねぇ。
まあ、理由は公式文書にのこっていないようなので、不明ではあるが
普通に考えて

武蔵が強いから

ではなかろうかと思われる。
自分が剣士で、
強い剣士がおるなら、戦わずにはおれまいよ

ちなみに
武蔵の伝記には、武蔵が決闘を申し込んだと書かれている。
理由は小次郎が強いから(ざっくり言うとそんなところ)
そして、戦略として2時間遅刻した、という説もある。
当時、すでに70の武蔵、盤外戦ではないが、
決闘外ですでに仕込みをしている老獪さは必要。
小倉碑文では遅刻してないことになってはいるので、
ほんの10分20分の遅刻を
のちの創作で盛って、そのまま定着したんかもしれん。

ほんまに2時間遅刻してたら、
なかなかに盛り上がるエピソードではなかろうか
でも、時計の珍しい時代なので、
まあ、そんなに時間は厳しくないのでは?
江戸時代とはいえ日本人なんで、
エジプト人みたいな時間感覚ではないとは思うが。

まあ、令和の今で、決闘となると(違法でないと仮定して)
私が小次郎だったら、

格ゲー的には、刀置いて、
カタパルトかなにかで船しずめちゃろか
と、思うかねぇ。

ギャラリー集まってるだろうし
とりあえず、客をあっためて
ホーム状態を作るとかw

実際決闘でなかったら、
帰るやろねぇ、、
帰りはせんでも
待ちはせんか
もしくは別のことしてると思う。
本読んでるか、トレーニングするか。
鳥見てるかw
唐戸市場に戻って、なんかええもん食うとかw


ともかく、真剣抜いた若者が
木刀もった70の爺さんと決闘て、
ちょっとヤバい絵面。
当時の創作となると、武蔵はどんどん若く
小次郎はどんどん美形で華美に
色々盛り倒すのは当然かと、、
今のラノベだったら、老人無双とかアリと思う
武蔵をさらに老化盛り、ハクロウみたいな感じで、
小次郎はエルフ的に小さく若く美しく、
しかし刀だけは以上にデカく身長の3倍ぐらいにしてねぇ




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再現品ではあるが(小倉城に展示されているもの)
武蔵の巌流島で使われた木刀の詳細は不明だが、
多分、1本で二刀流ではなかったという説が有力

しかし、この再現品の木刀、

めちゃくちゃぶっとい

500のアルミ缶をちょい楕円に潰したぐらいの太さ
かなり手のでかい人でないと
満足に握り込めんとおもう。
ていうか、私だと両手でめちゃ頑張って握っても
武器にするには扱いづらいというか、
武器の能力値は引き出せない。
ショーヘイオータニさんとか
マイケルジョーダンさんぐらいの手の大きさで
ええ感じの太さなのでは

小次郎の刀は、岩流手三尺白刃来
三尺=約1メートルの長刀
俗に言う”物干し竿”
そりゃまあ、居合とか無理なサイズなのでは
となると、鞘は最初に捨てといたほうがええかと思うが
どうだろうか。


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武蔵画も有名で
この枯木鳴鵙図や鵜図は永青文庫所蔵
けっこう作品が多い多産な人なので
あちこちのお寺さんとかでも
作品に会うことがある。
剣豪イメージではあるが、
実は多彩な人ではある、思想家で芸術家


ともかく、巌流島
決闘の聖地となってる感あり

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2018年の竜王戦は記憶に新しい
タイガージェットシンもここで戦ってた(古っ)

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砂浜もちょっとある
ここで小次郎がイライラしてたんかな、、



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というわけで
寄り道巌流島でした

おもしろかった。


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山陽道


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昨日はめちゃくちゃアレルギーが酷かった。
くしゃみ鼻水鼻詰まり、
目の痒み、腫れ、
蕁麻疹、、、、
オンパレードである。
もちろん処方箋薬も投薬している
が、しかし、
それらを吹っ飛ばすほどのえぐいアレルゲン量
めげたわ、、





唐戸市場のお向かい
ここあたりの氏神様にもご挨拶

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「関の氏神」亀山八幡宮
859年(貞観元年)に宇佐八幡宮の分霊を勧請し創建。
古社である。



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山陽道の石碑を見ることができる
ここが山陽道の最西端で
大鳥居の周辺から九州へ渡航する船が出ていたそうだ。
(今でも九州ー唐戸間の船は便利ですが、徒歩だと無料なので、、)
ここに飯の船番所もあって、検問が行われていたらしい。
九州や九州周辺の海沿い神社を訪れると
神職は土地の守りである
(監視だけでなくフィジカルに外敵に対する)
ということを実感することが多かった。


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亀山砲台
幕末には海上防備のための砲台が境内に設営され
1863年(文久3年)5月11日800AMから
アメリカ商船ベンブローク号に、久坂玄瑞らが砲弾をぶちこんだ。
それがまさにココ。

馬関戦争/下関戦争のきっかけというか原因となった事件である。
長州藩VSイギリス、フランス、オランダ、アメリカ
という、ごっつい武力衝突事件
呼び方はややこしいが、
1863年5月に長州が馬関海峡(現在の関門海峡)を閉鎖、
航行中の米、仏、蘭艦船に砲撃。
。6月、米仏が報復として
馬関海峡内に停泊中の長州軍艦を砲撃し、
長州軍艦はほぼ壊滅。
しかし、長州は砲台を修復し、
対岸の小倉藩領の一部を占拠してあらたな砲台を設置、
海峡封鎖続行。
7月英が経済的損失に対する報復決定、
仏蘭米の3国と連合艦隊を編成、
都合17隻で徹底的に砲撃、
上陸し占拠破壊活動。

この敗戦に学び、長州は軍備を近代化させた。

まあ、ざっくりこんな感じ。
背景もややこしけりゃ、戦後もややこし。
しかも徳川幕府が賠償金300万ドル払うことに、、
ここらへんになると、資料がたっぷりあるので
調べれば調べるほど色々な数字をみることができる。

ともかく、
そんな敵国の領事館が隣にある

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旧下関英国領事館1901年にここに置かれた
この建物は1906年に竣工したもの。


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執務デスクは
子供が座って騒いでいたが、
ちょっと退いた瞬間を狙って撮った。
風情もくそもねぇ。春休みは天災である。
内部は無料で見学できる
カフェなどもあるが、
カフェ内も飲食しなくても見学可能
しかし、カフェでお茶している人が結構いるため
茶ものまんのに、狭い室内をうろうろするのは私的に憚られる
が、観光客は狭い、ものすごく狭いテーブルの間を
ものともせずに入り込んでうろうろしている、、
これは、、喫茶している人居心地が悪いんちゃうん?(笑)
と思って、
ドアの外側からささっと客たちの顔を伺ってみたが、
平気の平左で茶ぁしばいとる、、、
これはもう、猛者専用喫茶店であるな。
そういえば、高層の建物最上階やお城の天守閣に
展望室があることは多いが、
最近、展望室や天守閣にカフェが併設されているところも
増えてきたように思う。
そして、見学自由だったりするのである、、、
お茶したり、飯食ってる横で、
バシバシ写真とられたりするのって、、
ものすごく居心地わるいと思うんだが、
他所の人はどうなんだろうか
小さい子は食うてるとガン見してくるし。
座ってる頭上でくしゃみや咳をされると
非常に気持ちが悪い
たとえコロナとかインフルエンザがない世界でも気持ち悪い。
ということで、私的にはこういうカオスなお店?で
飲食はNGなんだが、神経質なんだろうか?
神経質でええわ、嫌なもんはいやじゃ。
ということで、猛者にはなれないです。


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イースターのお祭り中
赤身の肉は食えません。
死んで生き返る日である
怖い


ともかく、時間なので
船着場にもどります

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唐戸商店街
いい感じのアーチやねぇ



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こんどはこういうのもええねぇ
何度でも訪れたいと思う
下関でした。






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トラフグ


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昨日はめちゃくそ忙しかった。
数年ぶりレベル
しかも手伝いの人がおらん時にフィーバーっちゅう
えぐかったわ、、


今朝、ふと日本昔話の耳なし芳一を視聴してみた
パブドメなんかねぇ
あるんやねぇ、ありがたいです。
ともかく、改めてみてみると、

芳一が若い!!!(笑)

考えてみれば、日本昔話をテレビでリアタイしてたころ
私は幼稚園かそれに毛の生えた程度の年齢ですわ。
その頃に受けたイメージですから、
芳一=ええオッサン
となりますよねぇ。
まあ、高校野球児ですらかなりのお年の人と感じた年齢ですし
そりゃまあ、そうですわな、、と
なんなら芳一にお経を書いたうっかり住職のほうが同世代
色々しょっぱい気分になったわけです



さて、

下関といえば

河豚

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これは亀山さんのトラフグ像
世界一と書いていましたが、
なにがどう世界一なのかは不明
もともとは昭和9年に鋳造されていたそうですが
戦時の金属供出で差し出し
平成2年9月29日 (2929ふくふく)に
新しく建造されたと



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ワーフには記念撮影用トラフグ
映えるかどうかはともかく、
大中小とりそろえてある


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唐戸市場も大賑わい
1909年(明治42)に路上での販売公許がスタート
1924年(大正13)唐戸魚市場発足
1933年(昭和8)現在の唐戸市場が開設
こちらの建物は2001年にウォーターフロント再開発事業で
出来上がったらしい。
もとは亀山さんの宮下にあったそうだ
市場としての機能もあるが
観光客向けに成功しているようにみえる
数字はしらんが

でまあ、ちょっと内部を見てみる
やっぱり


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巨大なトラフグ
あははは
いいねぇ♪


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フグ100円

唐戸市場、金土日祝日は1階が海鮮屋台街になるらしい。
地元民や観光客でごったがえしていた
買い物袋にどっさり買い込んでいる人や
TOGOで買い、そこらへんで立ち食いしている人だらけ
回転寿司や食堂などもあるが
もう長蛇の列
もう、みただけでこみ上げてくるものがあったので
宣材だけ撮って撤収w



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1年365日河豚祭
という感じであった。
実際は4月と10月が唐戸祭なんだそうで
祭り時期ではあったから
祭りの飾り付けなのかも??
しらんけど

ふぐ、、可愛いので
直径7センチぐらいの
ふぐのぬいがほしいなぁ、、と
思ったが目につかず

あと、ハコフグの熨斗が欲しかったが
こちらも見当たらず
トラフグとハリセンボンの標本は売ってた
まあ機会があれば、自分で作ってみたいなぁ


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ともかく、歩いても乗っても
河豚だらけでした。
目に付く河豚関係、全部カウントしたら
いったいどれぐらいになるんか、、、
と、ちょっと数えたくはなった(笑)


つづく
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