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首はあちこちに存在する


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Naumann's thrush

つくしもまだボーボー


さて、昨日
京都で
龍馬を斬った刀
近藤勇の刀
土方歳三の刀
などをみて、滾った、、
という話を書きました。
そこからの、飛び火です。

鳥羽伏見の戦いで敗戦した新撰組
幕府と会津からいくばくかの資金をもらい
近藤は大久保と改名、
新撰組は甲陽鎮撫隊と名前を変えて、
さらに戦線に戻る。
こうなってくると、
単に傭兵の契約上の事務手続き感すらする。
まあ、先々で戦闘し、敗走し、
最後、下総で捕縛(自首説も根強い)
1868年4月25日板橋刑場で斬首
頸は京都の三条河原で晒し首
首から下は、三鷹の龍源寺に埋葬され、墓がある。

ただ、晒された後の

首の行方がわからない

どこへいったのか?
うちの自宅から1時間弱のところに

局長の首塚/お墓があるんですわ





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萬松山 天寧寺

駐車場すぐにあった墓跡に
菊水の紋があったので、
楠木正成関係なのか?と調べたら、
勧請開山は傑堂能勝(伝・楠木正勝/楠木正儀の八男)。
これはこれは、、

1447年に蘆名盛信が大瞞行果禅師 南英謙宗のために陸奥国会津黒川東山に開いた(伝)。かつては会津曹洞宗の僧録司を兼ね、末寺33カ寺、僧堂12を数えたとされる。 蘆名の菩提寺。摺上原の戦い(すりあげはらのたたかい 1589年)で上杉謙信に負けて会津蘆名は消え、寺もコンプリートに焼失したらしい。蘆名の寺ではなくなったが、その後も地元の人々によって維持されている。


境内地図によると
近藤局長の墓まで徒歩8分らしい


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8分間、ずっと登り坂

山道を登ることになるとは
考えてもいなかったわ

途中、なんかほんまにこっちなんか?と
不安になってくるが
所々に案内があって、ホっとする


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近藤勇の墓

命日の4月25日には毎年盛大な墓前祭が行われるらしい

土方歳三が、京都より
局長の遺髪を携えて、会津入りしたとか
首ごと持ってきたとか
まあ、伝説は色々あり。

とにかく、
晒し首のニュース画像(手書き所謂瓦版)は残っているが
実際の首は行方不明
飛首伝説が盛られていく要素を満たしている。

古来、首は飛ぶもんですし(笑ったらあかんがw)

となりにはトシさまのお墓
トシサマは首で飛んできたのではない
英霊となって局長の御霊を慰撫するために勧請
されたんか?もしくは別の理由かはしらん
2020年に建立

この考え方て、本当に日本の神道的
(ここは仏教のお寺ではあるが)



局長の墓ん前には
辞世の七言律詩の石碑がある

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孤軍援絶作囚俘 顧念君恩涙更流
一片丹衷能殉節 睢陽千古是吾儔
靡他今日復何言 取義捨生吾所尊
快受電光三尺劔 只將一死報君恩


孤軍たすけ絶えて俘囚となる 顧みて君恩を思へば涙更に流る
一片の丹衷よく節に殉ず 睢陽は千古是れ吾がともがら
他に靡き今日また何をか言はん 義を取り生を捨つるは吾が尊ぶ所
快く受けん電光三尺の剣 只に一死をもって君恩に報いん

近藤勇の太刀筋というか
天然理心流のイメージな律詩というか

天然理心流の稽古を見たが、
剣術入りの武術という感じで
ものすんごく実践的。
剣術に棒術、柔術、関節技、打突技もあり
剣だけでなく、剣なくても強い
総合格闘技マーシャルアーツ
小火器、重火器類はまだ導入されていない。
なんでもその場にあるものを武器に、
もちろん己の肉体も武器にするという感じ。


墓地からは


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会津若松城が見える



望遠ズームで撮ってみると


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かなりバッチリ見えるのだった


くそのんびりした
いい日でした。




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コメント 4

There are no comments yet.
無楽斎
2023/04/09 (Sun) 08:36

新選組というと、真っ先に栗塚旭が思い浮かぶ年代です。

jube
jube
2023/04/09 (Sun) 09:12

無楽斎さん

コメントありがとうございます
栗塚旭、まったく知らない名前が出てきたので
そんな人が新撰組ゆかりの人物で????と
慌てて、今、調べてみました!
そりゃ知らないわ!と
ちょっとほっとしました(あははは)

リク
2023/04/09 (Sun) 19:32

斬首の後は、首と体は別々に埋葬が基本なんですかね。
一緒に埋葬すると、復活が怖いとか?!(そんなわけないか)

近藤勇のお墓、毎年墓前祭りが行われるのに
道があまり整備されていないのが不思議~。

jube
jube
2023/04/10 (Mon) 07:54

リクさん

コメントありがとうございます
そうですね、よっぽどの理由がないかぎり、斬首されてる時点で罪人ですから、その後の埋葬もそんなに配慮されないケースが多いとは思います。特に一度に大量の梟首があったときは、ボディの大量共同埋葬、首の共同埋葬もみられます。それこそ首を高いところに晒すのも、野生動物にもっていかれない意味もあるかと思います。とはいえ、どうしても食べられるケースはおきたでしょうし。
なので、首が飛ぶ怨霊伝説につながったりも、いっそう増えるのでは(特に冤罪は)。

ということで、晒し首となると、体と首の処置時間が全く違うので、まず、斬首の後、体を埋葬。衛生上、腐臭などの臭い問題、管理場所、技術にもない、など色々な理由で体のほうは特にASAPに処理する必要がありますよね。で、首を晒す期間は江戸時代の庶民のいわゆる刑事犯罪では3日ですが、それ以外では1週間や10日、2週間以上という記述も見られます。役人的には体と頭を一緒にして埋葬、弔う義務はないですし。また、身内やゆかりの人にとっては弔いたいので、晒された首を盗んで弔う、髪を斬り盗んで弔う、ということになります。現にそういう話もたくさんのこっているので、首が飛ぶ(持ち運んでる人物が居ないことになり、結果、首だけ自らが移動した、という伝説になるかと)ということになりますね。ここらへん、個々の事例の話になると、恐ろしく長くなるので、ここらへんで止めておきます。

年イチの墓前祭りぐらいで道は整備しないと思いますわ
8分の山道ですし、
会津ですし。
なんなら、一般人檀家さんの墓のほうが立派なのが多かったですし。

でも逆に、味わい深かったです。

東北